おしゃぶり

杉並太郎


 久しぶりに街に出たら、みんなおしゃぶりをしていた。汚れた作業着を着た労働者風の男も、太って頭の禿上がった風格のある中年も、洒落た服を着て気取った若いOLも、みんなゴム製の乳首を口に含んでちゅうちゅうと音を立ててしゃぶっていた。
 ストレスの多い現代にあって、電車を待つ間のいらいらの解消に、業績ばかりが強調される会社の会議時間に、失恋の気晴らしにとみんながこぞってちゅうちゅうとおしゃぶりを始めた。
 あまりにも多くの人がおしゃぶりをするものだから、青少年の健全な発育を阻害すると、未成年のおしゃぶりが禁止された。しかし、既に青少年に浸透したおしゃぶりは止めようがなかった。彼らはトイレや屋上で隠れておしゃぶりを続けたのである。発見を逃れるため音を立てないでおしゃぶりをする技術が彼らの間で開発された。
 次にやり玉にあがったのは駅や病院など公共の場でのおしゃぶりである。子供が真似をするというのがその理由である。このため多くの駅ではおしゃぶりが禁止された。
 しかし、おしゃぶりは未だに根強い人気がある。やり手の会社員はおしゃぶりがなければ仕事が進まないと言うし、一日に2箱もおしゃぶりを吸い潰してしまうという作家もいる。
 現代のストレスがなくならない限りおしゃぶりは決してなくなりはしないだろう。
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