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未勝利日記

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1998/08/29 (土)

SF大会日記
 SF大会である。名古屋である。
 今回は自主企画である。スタッフに比べれば楽なものである。作家や編集者を手足のように自由に使えるのである。これは内緒である。
 一九九八年八月二十九日早朝。私は腹の具合がもうひとつであった。
 前日は空想小説ワークショップの講義があった。その後、池袋で飲んだ。講義の後はいつも飲むのである。無謀である。浅暮三文さんの「ダブエストン街道」出版を祝う非公式の宴会も兼ねていた。
 帰宅すると、テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」で、株価暴落のニュースをやっていた。SFファンたるもの世界情勢には常に気を配っていなければならない。このニュースを見た後、ろくに準備もしないで寝てしまう。
 当日、五時半に起きて荷物を詰め込んだり、シャワーを浴びたりする。創作講座の途中で原稿を返却しようなどど考えていたので、返却原稿を鞄に詰め込む。プリント教材の付録は紙袋に入れる。
 台風の影響で電車が徐行運転などしていると困るので、朝飯は東京駅で食べようと決め、早めに家を出ることにする。カメラの紐を肩にかけてドアを開けると、丁度雨が降り出した。鞄の中から傘を出すが、傘と荷物とカメラでバランスが取れない。泣く泣くカメラを置いていくことにする。
 企画の記録は既に人に頼んであるので、カメラは絶対必要という訳ではない。しかし、往年の名機Cannon AE-1+Programにタムロンの28-80mmズームレンズを付けた我が愛機を、久しぶりに使ってやろう。コスプレ姐ちゃんをバシバシ撮ってやろうという私の欲望は早くも挫折してしまったのである。
 東京駅に着くとまだたっぷりと時間があった。東海道新幹線は順調に動いているようだ。構内の食堂で中華粥を頼む。ゆっくり食べたがまだ時間がある。しばらく時間を持て余した。
 やがて時間になったのでのぞみに乗る。これは500系のぞみという特別なのぞみだそうだ。のぞみにはすでに一緒に行く空想小説ワークショップの人々が乗っていた。冷凍みかんをもらったのは覚えているが、それ以外の記憶はあまりない。巽夫妻がグリーン車に乗っているという。
 名古屋駅に到着後、体力のない私はすぐにタクシー利用を提案。SF大会会場に向かう方法としては邪道であるが、一同、年なのか提案は可決され、タクシーで名古屋国際会議場へ。
 受け付け後、名札を特製の名札入れに入れようとするが、名札がない。さっきまで、あったのにと探すが見つからない。仕方が無いので受け付けでもう一度名札をもらう。恥。クロークに荷物を預けた後、他の人と分かれて印刷屋から宅急便で届いているはずの荷物を受け取りに行く。
 持って行ったキャリアで運ぼうとしたが、びくりともしない。荷物の管理をしていたスタッフに台車を借りてようやく動かせた。が、ディーラーズルームってどこ?
 すぐそばでした。「まねきねこ」のスペースを探してしばらくさ迷うが、プログラムを見て位置を確認できた。荷物を置くとスペースの半分以上を占領してしまった。場所を借りているのに、こんなことでいいのだろうか。坂上さんにメモを残してオープニングを見に行く。
 誰かに会って、みんな前の方にいるとの情報を得る。席についてみると中村さんの顔が近くにあった気がする。印刷代のことで志村氏と話をすることになっていたが、志村氏が見つからない。だいたい、打ち合わせなしでSF大会に行っても、オープニングまでには志村氏と会えるのだが……。まあ、折り紙の部屋か、ファングループ連合会議で会えるだろうと思う。
 オープニング。面白くないところで笑い声がする。どうも最近のSFファンとは感性が違うようだ。というか、私が最近の作品を見ても、読んでもいないせいか。
 オープニング終了後、客席の階段を登っていると、久美沙織さんを発見する。私は人の識別が苦手なので自分から人を発見することはほとんどないのだが、波多野鷹さんの髭で発見できました。久美沙織さんの顔も識別できるのですが、旦那さんの顔の方が見つけやすかった。ご挨拶、ご挨拶。
 その後、絵描きの宇都宮さんと共に時間新聞社へ。創作講座のプリント教材をディーラーズルームで買うように告知するためだ。時間新聞の原稿を宇都宮さんに書いてもらうが、言葉が多すぎてイラストを描く場所がなくなった。なんということだろう。
 急いでディーラーズルームに行く。まねきねこの人が既に集まっていて、私の荷物で困っていたようだ。よく考えたら私もまねきねこに入会していたのでした。一冊千円ということと、付録をはさむことをお願いしてディーラーズルームを去る。が、SF大会の間中時々ディーラーズルームに顔を出してはお金を回収するという店の売り上げを奪っていく悪党のようなことをしていた。
 SF図書館職員組合とかいう部屋に顔を出す。一応図書館関係者なので。だが、この部屋面白くないぞ。その後、折り紙の部屋に顔を出し、志村氏が来ていることを確認。だが、折り紙の講師の志村氏と話をする暇があるはずがない。
 その後、自主企画の責任者はオープニング後に実行本部に顔を出すように言われていたことを思い出す。とうに過ぎているではないか。とりあえず、実行本部に行く。話はたいしたことなかった。話の途中でワウワウの人が入ってきて、帰っていいのか話が終わるのを待つべきか迷う。「それじゃ」とか適当なことを言って帰ってしまう。
 ファングループ連合会議に入ろうとするが、ドアが閉まっている。入っていいのか悪いのか分からない。ドアを開けようとするが、すごく重くて開かない。非力なり。開かないとなると入ってはいけないような気がする。
 キッズコンの部屋に行こうとしたら、崎田さんと出会った。崎田さんは初参加なのにいつのまにかスタッフに巻き込まれてキッズコンに配置されていたのである。よくあることなのだが。
「キッズコンのスタッフが創作講座のプリント教材を買いたいが、部屋を離れられない」
 そう聞いて、ディーラーズルームに戻り、プリント教材「でならひ草子」を一冊買いキッズコンの部屋に持っていく。スタッフの人に渡す時に原稿を応募された方ですかと尋ねると、「パンドラの箱の隅」の霧丘朱令さんでした。
 この件では、あとで崎田さんに「なぜあたしの分を持ってきてくれなかった」と責められました。
 明日の下見のために「ぬいぐるみ参加者の部屋」にいく。ぬいぐるみじゃないけれど。良く見たら準備中だった。
 前後関係はだんだん怪しくなっていくが、ディーラーズルームにまた戻る。まねきねこのスペースに座っていると志村氏と三村美衣さんが来る。三村さんとはたぶん前にも会ったことがあると思うのだがはっきりしない。創作講座のプリント教材を買ってくれる。それにしても、マガジンに書いている人ってほとんど私よりも若いんですよね。
 さらにいつのことか分からないが、久保庭幸子という名札を付けた人が前を通ったので、初対面なのに声を掛けてプリント教材を売りつける。良く見ると隣りのとなりにも創作講座に応募した人が座っていた。こんどは個人誌を買ってしまう。そしてさらにその隣には秋山完さんがいらっしゃったのでした。が、私は残念ながら存じ上げませんでした。
 ディーラーズをぶらつき、ペリーローダンファンクラブが並んでいるところでしばらく話をしていると、ペーリーローダンのタイトル一覧がもらえました。あとで読んでみると、これには全シリーズのあらすじが載っているではないか。いいものをもらいました。やねこんのスペースでは自主企画の申込書をもらいました。
 飯の時間から少し遅れて二階で食事をする。食べ物は全くなくて飲み物のみとなっていたが、気付かずに和風スパゲティを注文すると、作ってくれました。普通の会議に利用する人は昼休みにしか食事しないだろうから用意していなかったのだろう。
 中国SFと武侠小説の部屋を覗く。SF大会では中国SFの部屋には行くことにしている。いいです。この部屋。その他、SFチェスを少し覗いたり、吾妻ひでおイラストギャラリーを覗いたりする。
 最後にディーラーズルームに行って売り上げをごっぞりいただく。数えてみると半分近く売れている。この調子なら完売も夢ではない。
 空想小説ワークショップの人と集まると、なんと伊藤さんが帰らなければならないという。当日参加の高い金を払い、宿泊代も最近もらったばかりなのに。また、同じ宿の崎田さんはスタッフの打ち合わせがあるので遅くなるという。
 残りの人数で再びタクシーを利用し、ライオンズホテル名古屋へ。ホテルに荷物を置いてから、味噌串カツを求めてさ迷い歩く。私は歩くことが苦手である。すぐに足が痛くなってしまう。ところが、今回はそうではなかった。SF大会のエネルギーの為か、サンダルだったのがよかったのか。
 身近なものほど見つけにくいというが、味噌串カツの店はなかなか見つからなかった。雨の中を暫しさ迷った後、めでたくそれらしい店に入ることが出来た。そして味噌煮込みうどんと味噌串カツを食べたのである。お金はひとりひとり別々払う事になったが、小山氏が「……と味噌串カツとビール半分」と言ったので、店の親父さんは訳が分からなくなってしまった。
 コンビニに寄ってつまみを買い、ホテルに戻る。崎田さんもスタッフ会議から解放されてホテルに戻っていた。ホテルではワインを飲みながら、浅暮氏の「ここだけの話やけどな」という話を聞く。
 翌朝、宇都宮さんとホテルの高い朝食を食べる。創作講座の時間が十一時半からなので昼飯を食べ損ねる可能性が大きいからだ。尾山さんたちは名古屋名物のモーニングセットを食べに外に出たらしい。
 全員集合して再びタクシーに乗る。会場に着くと何故か入り口のテレビの前でニュースを見てしまった。台風の影響で新幹線が止まっているらしい。森下一仁先生は今日の新幹線で来るはずなのだが、大丈夫だろうか。かなり心配になる。
 ディーラーズルームに行ったり、実行委員会本部に行って森下先生から連絡が入っていないか聞いてみたりしている内に、たちまち十一時になって企画前の打ち合わせを約束していた時間になる。
 企画部屋の前でうろうろしていると森下先生が来るのが見えた。よかった。そして打ち合わせに入る。その間に、中村氏がディーラーズルームからプリント教材を運んでくれた。打ち合わせが済んだら、運ぶ方もやろうと思っていたのだが、その前に全部運んでもらえた、これはかなり助かった。
 講座が始まってしまうと、最初に挨拶する以外は私のすることはないのだが、もう部屋は一杯で、居場所がない。仕方がないので、講師側の横でボサーと立っていた。一時間も経ってから講師用の水がないことに気付く。企画の必要品として実行委員会に頼んであった物だが、届いていない。しかし、企画開始前の確認の時に、必要な物はそろっていると言ってしまったのだ。
 缶入りの烏龍茶を買ってきてもらってなんとか誤魔化す。講座の内容は応募原稿について、森下一仁先生、久美沙織先生、塩澤快浩SFマガジン編集長がコメントしていくと言うもの。三人それぞれ評価の基準が異なるところが面白い。客席からは評価の基準が示されていないので公正ではないという声もあったが、それに応えてそれぞれの講師が異なる評価の基準を示した。
 でも、魚の骨と点数とABCでは統一はないのだけれど。評価の結果だけを見ると、塩澤編集長が辛めで、森下先生が甘めという印象である。実際には作品の完成度や作者への期待なども込められて評価されていたように思う。久美先生は作品の完成度を、塩澤編集長はオリジナリティ、新奇さなどを高く評価しているようであった。
 作品が多かったため、予定されていた作品の売り込め方などの話はほとんど出来なかった。それでも、塩澤編集長が持ち込みの作品については作品を読む上でのヒントのようなものがあると読みやすいと言われた事は重要であろう。どんな作品が好きだとか、どういう傾向の作品にしたいかという情報があった方が読みやすいとのこと。全く知らない人からの持ち込みよりは、読者欄への投稿であれ、少しは知っている人の作品の方が読みやすいのでしょう。もちろん、この創作講座に応募した人ならば作品を読んでいるのだから、ずっと有利なはず。
 三人の講師がそろってその実力を認めたのは久保庭幸子さんの「時計屋」である。私もこの作品は気に入ってプリント教材の最初に持ってきた。私はそのままSFマガジンに載ってもおかしくない作品だと思ったのだが、やはり講師の方々の眼はするどく、
いくつかの問題点を指摘された。
 講座が終わると森下先生はすぐに帰られた。本当にこの創作講座の為だけにいらっしゃったのだ。講師料もなしで申し訳ないことである。
 プリント教材はほとんど売り切れ、最後に残った二冊も久美先生にお買い上げいただき、めでたく完売となった。後で気がついたのだが、講座に出席できなかった応募者の分を取っておくのをすっかり忘れていたのである。
 講座の後はエンディングに行き、皇帝陛下暗殺を目撃することになる。が、実は私は自分の企画が終わったので眠くなりぐっすり寝ていたのである。目覚めるとSF大会中に起こったことはすべて夢のようにあやふやになっていた。
 このレポートもどの程度まで事実なのか実に怪しいものである。読み返してみると、ですます調と、である調が混ざっているではないか。しかし、すぐにも来年の企画を準備しなければならないのである。来年は何らかの形で選抜をしなければならないだろう。講師の方に負担をかけず、良い作品を逃さず、多くの人にチャンスを与えるにはどうしたら良いのだろうか。


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